朝日重章『鸚鵡籠中記』元禄十五年五月より

夏目紋右衛門の乱心

 最近、近江守組の夏目紋右衛門が乱心した。
 紋右衛門は、しゅんという妾を溺愛するあまり、精神に異常をきたしたのである。
 外出するときは妾を長持に入れ、鎖錠をおろすなどした。以前に火事があったから心配だというのだった。

 あるとき紋右衛門は、北隣に住む此木伝六を呼び出し、
「我が妾が、その方宅に隠れているであろう。すぐに出せ」
と迫った。
 伝六は驚いたが、乱心だとわかって、あれこれと宥めすかした。
 その間に、伝六の弟の瀬兵衛は、紋右衛門宅へ行ってみた。中を覗いたところ、妾が縛り上げられて、座敷に転がっていた。
 引き返して紋右衛門に問うと、
「あれは女影だ。魔王だ。本物の女は、その方宅に行ったのだ」
と言い張ったそうだ。
 紋右衛門はふだん、妾に縄をつけて自分の腰に繋ぎ、大小便に行くにも縄を放さなかった。ゆえに妾は身づくろいできず、髪ぼうぼう、顔面は渋皮のようになった。魔王に見えたとしても無理はない。
 そのほか、伝六が出てきたら撃とうと、十匁鉄砲を構えて待っていたこともあったという。

 今は広く乱心と知られ、当分は病気扱いとなった。
 親類たちが大竹で檻をこしらえ、その中に押し込めてあるそうだ。
あやしい古典文学 No.1346