中山三柳『醍醐随筆』上より

腐る肩

 京都の人が広沢池の月を見ようと出かけたが、あいにく曇りで月は見えず、そのかわり、池水の上に鶏卵ほどの光るものが二つ現れた。
 訝しんで眺めいる人々の中から、一人の男が衣を脱いで水に入り、よく見定めようと近づいた。
 間近で見れば、それは大蛇が眼をいからして睨んでいるのであった。驚いて立ち返ろうとしたとき、大蛇は身を伸ばして、男の肩に頭を乗せ掛けた。
 男がその頭を捉えて引っ張ると、蛇は首を縮めて後ずさった。それで男が立ち返ろうとすると、また頭を乗せ掛けた。また引っ張ると、また縮めた。
 そんなことを三四度繰り返したら、ついに頭を乗せてこなくなったので、男はなんとか岸に戻ることが出来た。

 男は人々に「五体に異状はないか」と問われて、「少しも苦しいところはない」と答えたが、家に帰って休んでいるうちに、大蛇が頭を乗せ掛けた肩が次第に痛みだし、薬を色々つけても収まらなかった。
 二三日後にはそこから腐り、骨に入って、ついに死んだという。毒蛇だったのだろう。
あやしい古典文学 No.1347