神墨梅雪『尾張霊異記』初編下巻より

黒玉の怪

 寛政十二年四月十三日の昼間、名古屋橘町の七面山妙善寺の前の道に、空から奇怪な物が落ちてきた。
 それは鞠ほどの大きさの黒い玉で、すばやく転がり動いた。寺の向かいの諏訪屋という商家の庭に入ったように見えたが、また外へ出てきて、煙となって焼失した。
 現場にいた飴売りの子供二人は、驚いて地面に這いつくばった。往来の大人もへたり込んだ。近くの石臼屋の店の者も、黒玉が落ちて転げるのを見た。
 この怪事に、町内ではとりあえず、寺の裏の八幡堂に燈明をあげ、夜籠りが行われたという。

 筆者が思うに、これは落雷の一種ではなかろうか。陰陽の気が弱かったために、こんな姿でくすぶって消えたのであろう。
あやしい古典文学 No.1349