神墨梅雪『尾張霊異記』二編中巻より

幽霊の出る垣根

 天保四年のことだ。
 前津小林村に住まいする大嶋辰治という者の子に、九歳と六歳の男の子の兄弟があった。向かいの三浦藤次郎という者の男子も、九歳ぐらいであった。

 その三人の子が、九月五日の午後二時ごろ、とある人家の杉垣のところで遊んでいた。
 その杉垣には犬のくぐり抜ける穴があって、三人は先月、猫の子を殺し、葬式の真似事をして、その抜け穴の傍らに埋めておいた。
 猫の死骸がどうなったのかと掘り返していたら、抜け穴からふと手が出てきた。子供たちが、
「やぁ、手が出てきたぞ。誰の手だ」
と言いながら見ていると、手が引っ込み、今度は両手が出たかと思うと、坊主がのっそり現れた。
「わぁ、変な坊主が出た」
 子供たちがいっそう興がる前で、坊主はひっくり返り、逆さまになって穴に戻った。
 続いて、子を抱いた乱れ髪の女と、脇差をさした侍が連れ立って出た。どちらも着物の裾が細まって足がなく、幽霊とおぼしかった。口から青い火を吐き、裾にも青色の火が燃えていたが、子供たちは恐れる気色もなく、
「幽霊が出たぞ。わはは、こりゃ面白いわ」
と眺めていた。幽霊どもは、畑の畔をぐるっと回って、元の穴に入って消えた。

 翌日、辰治の子の兄弟は、父親の前で、
「昨日の幽霊は面白かったなあ」
などと言い合った。
 辰治はそれを聞いて、『子供が何を見て、そんなことを言うのだろう』と訝しんだが、二人は確かに見たと言い張った。
 この兄弟は、よく絵本を見て、絵を描くことを好んだ。そこで、
「二人とも、場所を隔てて、見た幽霊の絵を描いてみせよ」
と言うと、二人は、別々のところで絵を描いて持ってきた。
 兄弟の絵を比べ見るに、描かれたものに違いはなかった。それで、本当に幽霊を見たのだと、辰治も納得した。

 また、この近所に一人の婆がいた。
 子供らが幽霊を見た日から、一月ばかりも前のある夜、婆は大便をしようと、火を点して雪隠へ向かった。
 しかし、途中で火が消えて点しに引き返すこと三度、いよいよ便意が切迫してきたので、ついに火を持たずに雪隠へ行った。
 やっと大便を終えて戻り、家へ入ろうとしたが、今度はなぜか入口が分からない。暗がりの中で迷いに迷ったあげく、泥土の中へ転げ入って、全身泥まみれになった。
あやしい古典文学 No.1350