『大和怪異記』巻七「本妻妾の子をころす事」より

酒のさかな

 尾州の男が外に愛人をつくり、男児を産ませた。
 その子が三歳になったとき、本妻が突然、こんなことを言った。
「私には、まだ子がおりません。できることなら、あなたの隠し子を私に育てさせてください。養子を持つと実子も出来るものだと、世間でも申します」
 日ごろは妬み憤るばかりなのに、このときはじつに穏やかな様子だったので、夫も思いがけなさに驚きつつ微笑み、
「おまえ、よくぞ思い立ってくれたね。子は、老い先の頼りにもなるものだよ。あの子のことは深く隠してきたけれど、そこまで分かって言うのなら、もはや隠すことはない」
と喜んだ。
 妻の親も、夫から事情を聞いて、
「それはけっこうなことだ。なんとしても世継ぎがほしいものだと気にかけていたから、これ以上の話はない。隠し子のこと、今まで知らずにいた我らの愚かさよ。早々に家へ呼び迎えられるがよい」
と言ってくれたので、安心して段取りし、やがて子を家に引き取った。
 妻が子をたいそう可愛がる様子を見て、夫は嬉しくてならず、四五日後に妻の親元へ行って、そのことを語った。
「よいことだ。我らも早く子に会いたいものだ」
 親たちはこう言って、酒など振る舞った。

 夫が家に帰ると、妻はいつもより綺麗に身づくろいし、楽しそうな笑みを浮かべて出迎えた。
「よい肴を用意しました。酒を一献召し上がれ」
「もう酔っているが、珍しくおまえが勧めてくれるのだから、ぜひいただこう」
「では、肴を持ってまいります」
 妻は奥に入り、子を竹の串に刺し貫いて、炙って持ち出した。妻の面貌は、眼差しから毛髪にいたるまで、一変して凄まじかった。
 夫は一目見て気絶しそうになりながらも、召使たちに目配せして、やがて妻を組み伏せ縛り上げ、納戸に押し込んだ。
 妻の親元に告げ知らせると、大いに驚いて駆けつけて、
「とんでもないことをしでかした。どうでも生かしておくものか」
と、そのまま納戸に入ったが、そこにはもう誰もいない。
 天井が破られ、恐るべき妻の行方は知れず、にわかに風雨激しく吹き荒れて、雷鳴轟き、稲妻閃き、ただ限りなく物凄いばかりだった。

 これがいつごろの出来事か、夫の名はだれか、聞いたけれども忘れてしまった。
あやしい古典文学 No.1310