『岩邑怪談録追加』「熊谷氏の妾、衣を搗の事」より

砧を打つ幽霊

 熊谷左源太は、妾と口論の末、妾が腹立ちまぎれに無礼な物言いをしたのに怒って、刀を抜いた。驚いて逃げる妾を追いかけて、屋敷の麻畑に追い込み、ついに斬り殺した。
 その後、新しい妾を置いたところ、前の妾の亡魂が夜ごと庭に来て、砧(きぬた)を打ちながら節をつけて歌った。
「左源太さん、左源太さん。あなたに恨みはないけれど、あと来た女が恨めしい…♪」
 それが一晩じゅう止まず、砧のところへ行ってみれば何ものの影もない。しばらくすると、また打って歌う。
 ついに、砧の上に槌を置くのをやめた。

 それからも、畑に麻を植えれば、必ず妾の姿がおぼろげに現れ出て、いかにも恐ろしげに屋敷の内を睨みすえた。
 それで、ついに麻を植えることもやめた。
あやしい古典文学 No.1356