長谷川忠祟『飛州志』巻之七より

飛騨の黒坊

 飛騨の深山に「黒坊」という猿のようなものがいると、寺島良安著『和漢三才図絵』などに書かれている。昔のことなのか、今はそういう話を聞かない。
 猿そのものは、飛騨の山中に甚だ多い。土地の者は常にこれを獲って、老若男女の食物とする。ずいぶん巨大な猿も珍しくないという。

 以下は『和漢三才図絵』の記事である。

 「玃(やまこ・カク)」…『本草綱目』にいわく、「玃は老猿である。猿に似ているが形は大きく、色が青黒くて、人間のように二足で歩く。よく人をさらい、物を持ち去る。また、振り返ってじっと見る習性がある。牡ばかりで牝がなく、よって人間の婦女をさらって性交し、子を産ませる」と。
 「綢(シュウ)」…『神異経』によれば、「西方に綢という獣がいる。ロバほどの大きさだが、猿の形で、木のそばにいることが多い。牝ばかりで牡がなく、要路に群居して男子を捕まえ、性交して妊娠する。これもまた玃の類で、その牡と牝が逆になったものである」と。
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 日本の飛騨・美濃の山中にも、猿の形をした、大きくて黒くて毛の長いものがいる。二足で立ち歩いて人語を話し、よく人意を読む。あえて人を害することはない。
 山に暮らす人は、それを「黒坊」と呼ぶ。もし人が黒坊に殺意をいだくと、すぐさま察知されて、逃げられてしまう。これを捕らえることは、けっしてできない。
 この黒坊も、玃の仲間ではなかろうかと思われる。牡ばかりだったり牝ばかりだったりするのかどうかは知らないが…。
あやしい古典文学 No.1357