野田成方『裏見寒話』追加「怪談」より

雨畑の仙翁

 雨畑山は、七面山の西南にあたる深山である。

 伝え聞くところでは、先代の甲斐国主の時、山奉行の侍が、公用で雨畑山へ入ろうとした。しかし、おりからの長雨で岩が濡れ滑って、嶺まで登ることができない。やむをえず中腹の小寺に宿をとり、雨やみを待つことにした。
 雨中の退屈しのぎに碁を打っていると、どこから来たのか、一人の大男の法師が現れて、傍らに立ち、勝負を観戦した。身には木の葉をまとい、眼は碧玉のごとく、雪を頂くかのような白髪の法師だった。
 侍は驚いて、寺の僧に何者なのかと尋ねると、僧は答えて言った。
「武田信玄の時代、三好入道とかいう者が、跡部・長坂ら佞臣の挙動を厭い、この山中に入って仙人となったのです。ときおりこのような奇異のふるまいをいたしますが、恐れることはありません。碁が終われば、どこかへ飛び去って消えてしまいます」
あやしい古典文学 No.1361