朝日重章『鸚鵡籠中記』正徳二年八月より

ふと親友を斬る

 犬山の侍の只介と彦六は、大の仲良しで、ともに大酒飲みだった。
 ある日、二人は連れ立って木曽川辺へ出かけ、ともに泥酔しての帰り道、彦六はふと刀を抜いて、只介の腕を斬った。
 只介は気づかずに歩いていったが、そのうち出血を見て驚き、彦六に言った。
「おまえ、俺を斬ったらしいぞ」
「ふうむ…」
 それから、何事もなかったように二人同道して行き、こんどは只介が思い出したように刀を抜いて、彦六の頬や口あたりに斬りつけ、力あまって股までも傷つけた。
 彦六は倒れて起き上がらず、様子を目撃した百姓らは、喧嘩だ、喧嘩だ、と騒ぎ立てた。
 しばらくして只介は、目が覚めたかのように、
「やあ、彦六、なんで寝ておるか。もう日も暮れる。早く帰ろう」
と声をかけた。彦六は、
「たいそうくたびれて、起きられない。おまえは先に帰ってくれ」
と応えた。

 只介が帰宅してくつろいでいたとき、彦六が担がれて帰ってきた。ほかならぬ自分が斬ったと知り、只介ははじめて驚いて、ただちに逃亡した。
 彦六の傷の一つ一つは深手ではなかったが、口を斬られたりして飲食もならず、二三日後に死んだ。
あやしい古典文学 No.1366