村純清『奇事談』「堀妾幽霊」より

妾の幽霊

 加賀藩小姓組の堀治部左衛門は、享保の初めのころ江戸詰めで、藩の屋敷の長屋に住まいがあった。
 治部左衛門の妾が国許で大病していたとき、同じ小姓組の後藤瀬兵衛と佐久間吉左衛門が治部左衛門方へ来て、よもやま話の後、主客ともに枕を並べて寝に就いた。
 最初に治部左衛門がうとうと寝入り、客の二人はいまだ醒めてぽつぽつ話をしていた。すると、縁側のほうの障子を開けて入ってくる者があった。
 はっとして見れば、女人であった。江戸屋敷の長屋のことだから、めったに女がいることはない。急にはものも言えず、二人互いに顔を見合わせているうち、女の姿はぼやけて見えなくなった。
 と同時に、治部左衛門が呻き声をあげ、全身汗みずくになって目を覚まして、
「不憫なことよ。わが妾は病が癒えず、たった今死んだと思われる」
と言った。
「それでは、さっきの女は…」
 二人が、女が入ってきた話をすると、治部左衛門は大粒の涙を流した。
 女の衣類の模様について語ると、それは少し前に治部左衛門が江戸から送ってやった着物とまったく同じだった。
 死に際に一目逢いたいという、妾の一念が通じたのであろう。

 この治部左衛門は嫡子との仲がよろしからず、後に父は子に斬り殺され、子はその罪で生胴の刑に処せられた。
あやしい古典文学 No.1378