菅江真澄『久保田の落穂』「うじなものがたり」より

むじな物語

 宝暦の半ばごろ、赤石九郎兵衛という人がいた。世をはばかる事情があってか、久保田城下を離れて、神田・水口あたりの在方に隠棲していた。

 きりぎりすの声のほかに何一つ音のない秋の夜長のこと。
 ふと人の気配がして、
「誰だ」と赤石が問うと、
「むじなでございます」と。
 むじなは、あの話この話と、様々なことを語った。移り変わる世の珍しい事柄を飽きさせず語るので、赤石は毎晩、むじなが来るのを楽しみに待つようになった。
 むじなはいつも、障子を隔てて語った。
「物越しではよそよそしいぞ。差し向かいで語ろうではないか」
「わが卑しい姿を恥じるゆえ、人の御前へは近づけません」
「それでは、何かに化けるがよい。そのうえで対面しよう」
 赤石は、良い友ができたと思って、濁り酒などを用意して来るのを待った。
 夜遅く、咳ばらい一つしてから障子押し開けて入ってきたのは、年取った女房姿。
「今宵は、お言葉に甘えて入らせていただきました」
と声を作り、蹲るように礼をして座った。
 それから二人は、酒をやりとりしながら、夜の更けゆくのも忘れて語り合った。

 今、むじなの語ったことを記した『水口夜話』という書が、二冊流布している。
 また、赤石九郎兵衛の後胤であろうか、長土堤新町というところに、赤石六郎兵衛という人の家がある。
あやしい古典文学 No.1380