古賀侗庵『今斉諧』巻之五「猫 九」より

屍体を攫う猫

 山中に、老婆が茶店を営む一軒家があった。老婆は一匹の猫を飼って、いつも傍らに置いていた。
 加賀金沢の侍 篠原庄兵衛は、山へ猟に入るたびにその茶店でしばし休憩し、老婆と言葉を交わした。

 ある日、庄兵衛は店の前まで来たが、老婆は居なかった。
 どうしたのかと思いながら山へ入り、奥深く険しい場所に至って、ふと見ると、大岩の下に老婆の死骸があった。傍らには、それを冷ややかに見守る猫の姿があった。
 庄兵衛は怒って猫を捕らえ、打ち殺した。

 その帰路、また茶店の前を通ると、老婆の親族が集まって泣いていたので、声をかけた。
「どうして泣いているのか」
「婆さんが死にましてございます」
「して、その屍はあるか」
「それが……、消え失せました」
「ふむ、あの猫は居るのか」
「猫もいなくなりました」
 そこで庄兵衛は、深山での出来事をつぶさに語った。
 親族は急ぎ山中に人を遣わし、老婆の死骸を担いで帰った。
あやしい古典文学 No.1381