浅井了意『新語園』巻之六「妓女炉中ニ入ル」より

囲炉裏に跳び込む女たち

 中国、唐末の戦乱のさなか、蜀の軍は岐州を攻めたが容易に降らないため、司令官の王宗儔は、白石鎮というところに兵をとどめて、長期戦の構えをとった。

 蜀軍の将軍の一人である王宗信は、普安禅院の僧坊を宿舎としていた。
 すでに年は暮れて冬深く、堪えがたい寒気が、手を凍らせ指を落とすかのごとくだった。
 ある夜、大きな囲炉裏に山のごとく炭火を熾こした僧坊の中、宗信は、妓女十余人を傍らの寝台に寝かせ、自らは燈火を灯していまだ目覚めていた。
 突然一人の妓女が、寝台から立ち上がって囲炉裏に跳び入り、熾炭の焔の上で転げ回った。宗信は慌てて引き上げて救ったが、女の衣類は少しも焦げていなかった。
 しばらくして、また一人の妓女が、先と同じように火中に跳び入った。宗信は、また引き上げて救った。それからというもの、十余人の妓女は、ものも言わず身悶えしつつ、てんでに火に跳び入り、あるいは火から躍り出た。

 隣室にいた軍吏が騒ぎに気づいて、司令官王宗儔に報告した。
 宗儔は現場に足を運んで、囲炉裏から一人の妓女を引き出した。衣服はいささかも損じていないが、ひどく不安そうな様子で、
「びっくりしています。胸がどきどきします」
と言う。ほかの女に尋ねると、
「胡僧が一人来て、わたしを引っ掴んで火の中に投げ込みました」
などと語り、どうやら皆同じ目に遭ったらしい。

 傍らで聞いていた将軍王宗信は激怒し、普安禅院の僧をことごとく捕らえて縛り上げ、一列に並んで立たせて、妓女たちに、問題の僧を指差させた。
 僧の中に、身長が高くて胡国の人のような容貌の、周和尚という者がいた。妓女たちは異口同音に言った。
「あれです。あの僧です」
 宗信は、周和尚が幻術を用いたと疑い、これを数百回鞭打って、白状するよう責めた。
 しかしやがて、周和尚はつい先ごろ髪を落として僧になった者で、その前は近くの村の農夫であり、幻術どころか、僧として未だ何一つ分かっていないと判明した。

 司令官王宗儔は、犯人は周和尚ではないとして縛を解いて釈放し、結局、何の怪とも分からないまま終わった。
あやしい古典文学 No.1383