浅井了意『新語園』巻之四「張丑境吏ヲ譎ル」より

国境の門

 中国の春秋戦国時代のこと。

 張丑(ちょうちゅう)は鄭国の公子で、燕国の人質になっていたが、わけあって燕王は、張丑を殺してしまおうと考えた。
 身の危険を知らされた張丑は、燕の都を脱出した。しかし、鄭との国境まで辿り着いたところで、関所役人に捕らえられた。
 役人に向かって、張丑は言った。
「燕王が私を殺そうとするのは、私が持つ宝珠を手に入れたいからだと、ある人が教えてくれた。それならと、珠を王に差し上げようとしたのだが、どこへいったのやら見つからない。王は、失くしたというのは偽りだと思って、いよいよ私を殺して珠を取ろうとする。それゆえ逃げてきたのだ。
 役人よ、この国境の門を開いて通してくれ。さもなければ私は、『珠は、関所役人が奪って、呑み込んでしまいました』と陳述しよう。燕王はきっとおまえの腹を割いて、腸の中を探すだろう。おまえは腸をズタズタにされて、無惨に死ぬことになる。もちろん私も殺される。そんなつまらないことになるよりも、ただ門を開けて、私を通すほうがよくはないか」
 役人は大いに驚き恐れて、張丑の越境を許した。
あやしい古典文学 No.1384