『渡邊幸庵対話』より

黒猫の黒焼き

 腹部から腸が飛び出した時には、黒猫の頭の脳を黒焼きにして、それに粘り物を混ぜて捏ねたものを、腸の出た個所の背部に貼り付けておくとよい。腸はたちまち引っ込むであろう。
 ただし、真物の黒猫は、いたって稀なものである。

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 江戸を流浪していた京都の人が、神明町の経師屋吉右衛門の世話で医師となり、御茶ノ水の薪屋の亭主の喘息を黒猫の黒焼きで治して、名医の名を得た。
 また、本多内記正勝殿の家来の療治も行った。
 その家来は、仔細あって切腹しようと腹に刀を突き立てたが、朋輩が横から刀を取り上げた。しかし傷口から腸が飛び出して、腹に納まらなくなった。このとき、黒猫の黒焼きを背中に張って、めでたく腸を引っ込ませたのだ。
 内記殿は大喜びで、「当家に召し抱えたい」と申し出たが、医師は思うところあって辞退した。そこで、一生五十人扶持を与えたとかいうことだ。
あやしい古典文学 No.1385