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『渡邊幸庵対話』より |
ミイラ薬 |
ベトナムとタイの間に、三百里ばかりの砂漠がある。そこを往来するには、檜の丸木舟に乗り、六尺ほどの小さな帆をあげる。 風が激しく砂を吹きつけるため、全身に筵(むしろ)を巻かねばならない。そうやって目ばかり出して、砂原を風力で走るのだ。 そのとき砂上で、何年もの時を経て固まった人の死骸を見つけると、かねて用意していた熊手のようなもので捕らえ、引きずって持ち帰る。 死骸の肌は乾燥しきって固まっているが、着用の衣類はもとのまま朽ちていない。そんな死骸を名づけて「ミイラ」といい、高価な薬種となる。 ミイラは、砂漠を往来するとき、偶然に見つかるだけだ。毎年必ず手に入るというものでもない。それゆえ、本物のミイラはたいへん貴重であって、現地でも秘蔵される。 そもそも人体は死ぬと縮むし、そのうえ干からびて固まっているから、形はごく小さなものだ。 時として日本に渡来するミイラがあるが、大半はこしらえ物である。 それは、火葬場の柱に何年もの間に溜まった人油を採り、古い松脂でもって煉り合せたものだ。 本物のミイラではないが、人油が原料だから、薬効はある。 |
あやしい古典文学 No.1386 |
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