森春樹『蓬生談』巻之四「法螺貝山中にも在る事、並に、山潮の事」より

ほら貝と山潮

 俗説に言う。
 ほら貝はすべて海中に生ずるものでありながら、山中に入って地下深く潜伏する。数百年の年を経てのち、巨大な化物となって、多量の水を従えて地上に現れ、水勢に乗じて川に出て、最後は海へ帰る。「山潮」はほら貝とともに湧く水だ、と。

 貝の化物の真偽は定かでないが、山潮が出るのは常にあることだ。しかし、その出た跡を見るに、どうも納得できない点がある。
 山潮は、長梅雨の終わりごろに出るとは限らず、早いうちに出ることもある。いずれにせよ、雨水が地中に入り、満ちて湧き出すのだ。それなら、山の麓あたりの低地から出そうなものだが、かえって高所から出る。山頂に到る斜面を登って七、八分くらいところだ。
 山潮の水量の多さに比べて、湧出口ははなはだ小さく、大きなものでも深さがせいぜい四、五メートル、直径も同じくらい。下るにつれて洪水が扇形に広がり、幅十五メートル、三十メートル、しまいには一キロメートル有余にもなる。
 流れ下る水は、その間の樹木を根こそぎにし、巨岩大石を土砂とともに数限りなく押し流す。村々の家も流されることが多い。ところが湧出口付近では、わずか数メートル土石が穿たれた程度で、その下に水が出たと思われる穴の痕跡もない。あれほどの洪水が、どのようにして出たのか分からない。
 ともあれ、一山の地下の水がことごとく集まって、一気に吐き出されるのであろう。

 繰り返しになるが、山潮は平地の崖下から出ることもあるけれども、それはまれで、山上からのことが多い。この水が数箇所から出る年には、人家を流失するような大洪水が起こるのである。
あやしい古典文学 No.1387