菅江真澄『かたゐ袋』より

犬と猫と鼠

 松前領の西海岸、江差の港に近い泊川という磯に、杉村長右衛門という網元がある。
 その家に傑物の犬がいて、よく鼠を捕ること、猫にまさる。ほかの犬も鼠を捕ることはあるが、あっさり咬み殺すだけで、けっして食べることなく、死骸はそのあたりに捨てておく。この犬は捕った鼠を当然のごとく食うし、何匹でも飽きずに食う。
「こんな犬は珍しいですね」
と感心して言うと、年取った女主人は、
「このごろ、ほかにも珍しいことがございまして……」
と言って、話し始めた。

「江差の茂尻というところで、何という家か忘れましたが、飼い猫の三毛が子を四匹産みまして、横になって乳を飲ませているとき、真上の天井から、まだ目も見えない鼠の子が一匹落ちてきました。てっきり親猫が飛びかかって一呑みにするものと思っていたら、そんな気配はなく、鼠の子を舌で舐めまわしながら、たっぷり乳房を吸わせてやったのでした。それからは、歩き回る親猫に子猫がまといついて乳を求めるとき、鼠も子猫の頭に登って乳を捜すというありさま。どのように心が通って、互いに憎み恐れることの微塵もなく育て育てられするのかと、見る人みな感心したものでした。
 そのようにして二十日あまり過ごしましたが、親猫がちょっとどこかへ出かけたすきに、近所の雄猫が来て、鼠を食って逃げてしまいました。人々が打ち叩きなどして止めさせようとしたときには、もう手遅れでした。そこへ親猫が帰ってきて、鼠がいないのに気づき、みゃうみゃうと、いつまでも哀しげに鳴きました。『人の世でさえ、ろくに赤子を養うことをしない者があるのに…』と、人々は涙したといいます」

 女主人は指を折って、
「宝暦の末、明和の初年だったように覚えております」
と語った。
あやしい古典文学 No.1392