平尾魯遷『谷の響』四之巻「閏のある年狂人となる」より

うるう年の狂人

 福館村の住人某の妻は、閏月(うるうづき)のある年には必ず狂人となって、その年じゅう狂いっぱなしでいる。年明けの正月から元に戻って、まったくの常人となる。

 狂気が起こると家を飛び出し、何処へともなく彷徨徘徊し続ける。
 野山や林間あるいは祠の中などに起き伏し、飢えれば誰の家でも入って食を乞う。なんだかんだと戯言(たわごと)を言って歌い踊り、泣いたり笑ったりと、奇妙な振る舞いがたいそう多かった。しかし遠方へは行かず、一二里の近いところをぐるぐるさまよい歩いた。
 最初に狂気が起こったときには、夫も子供たちも制そうと懸命になったが、いっこうに効果がなかった。
 繋いでおくのも如何かと思われ、また世間に重大な迷惑をかけるのでもないから、今は本人の為すにまかせ、立ち寄りそうな家々にあらかじめ頼んでおいて、時々礼物を贈ることにしたらしい。

 地元の者は、これを「福館村閏馬鹿」と呼ぶ。
 嘉永七年も閏年で、もっぱら狂い歩いているのを間近で見たと、岡本三弥という人が筆者に語ってくれた。
あやしい古典文学 No.1396