『文化秘筆』より

気前のいい男

 文化十四年五月、吉原遊郭は前年の火災で焼失したため、仮宅で営業していた。
 店の名は忘れたが両国川沿いにある仮宅へ、侍か町人か知れない客がふらりと来て、まず女郎一人を上げ、そこから酒盛りが大掛かりになって、女郎を総仕廻(そうじまい)にした。
 さらに芸者を二組上げ、たいこ持ちを二三人上げ、店の若い者やお針子に花代を与え、いろいろ騒いだ。
 やがて客は、懐中から金子を一包み出し、
「酒の場でこいつは邪魔だ。どうしたものか」
と言いながらお針子に手渡したうえで、こころおきなく騒ぎ続けた。
 お針子は、大切な金子だからと、店の主人のところへ持って行って預かったもらった。

 客は騒ぎに騒いだあげく、庭に下り、川岸へ向かった。遣り手婆も若い者も付いて行った。
 川岸で客は着物を脱いで浴衣一枚となり、川に入って、対岸へと泳いでいった。
 そのうち帰ってくるだろうと待ったが、それきりいっこうに戻らない。大川橋を渡って探しに行ったが、どこへ立ち去ったのか、姿が見当たらなかった。
 預かった包みの中身を改めたところ、金子ではなく、すべて真っ赤な偽物だったので、女郎屋は丸損を被った。

 これは石川靫負様家来、須賀次郎左衛門の語った話である。
あやしい古典文学 No.1403