『古今著聞集』巻第十六「南都の一生不犯の尼臨終に念仏を唱えざる事」より

まら御来迎

 奈良に一生不犯の尼がいた。
 尼僧として非難されるような淫らな噂の一つもないまま老境に至ったので、
「あのかたの臨終は、またとなく尊いことであろうよ」
と、世間の人々は言い合った。
 そうするうち尼は病に臥し、命も危うい状態となった。
 人々は年若い僧を一人招いて、極楽往生のために念仏するよう勧めたが、尼は念仏を唱えるのでなく、
「おぉ、まらが来る。まらが来るぞよ!」
と叫び、見守る一同を唖然とさせながら絶命した。

 一生の間かたくなに、姦淫を忌まわしいことと思いこんでいながら、意識の深奥では心惹かれていたために、こんな終焉の言葉を吐いてしまったのだ。
 どんなことであれ、最後は自分自身の抑制心が決め手になる。ふだんから心がけておきたいものだね。
あやしい古典文学 No.1405