『本朝語園』巻八「妙旨一大事 隠逸伝」より

一大事

 妙旨は、どこの国の生まれの人か知れない。
 老母とともに若狭の小浜に住み、清貧にして何一つ蓄える物はなかった。
 書にすぐれ、人々は争ってその書き物を求めた。妙旨は、一日に小簡を二つ書き、それを米二舛に換えた。
 母を背負って行って知人の家に預け、一日あるいは二日、心のままに彷徨することもあった。
 母が死んで後は、日ごと一帖の書をなしたが、他人が強いて求めても応じなかった。

 死に臨んでは、ただ端座して瞑目するばかりだった。
 僧が傍らに来て尋ねた。
「辞世の句は、ないのですか」
 妙旨はくわっと目を見開き、
「この一大事の時に、うるさい」
と叱った。それからまた目を閉じ、絶命した。
あやしい古典文学 No.1406