高力種信『猿猴庵日記』より

百足びっしり

 米倉利助という人の屋敷が、萱葺屋根の葺き替えをした際のことだ。

 下女が古萱をかまどにくべて焼いているとき、にわかに異臭が立ち込めた。
 家じゅうの者が怪しんで、臭気のもとを探したところ、かまどの辺が強く臭うので、燃えかけの古萱を引っ張り出したところ、六寸ばかりの百足が半焼けになっていた。
 皆それを見て、
「助けてやれ、殺してはならん」と言ったが、下女は聞き入れず、「なんのなんの、かまやしません」と呟きつつ、また灰の中へ投げ込んで焼き殺した。
 次の日も古萱を焼いていると、前日と同様に半死半生の百足が出てきた。下女は、これも火中に放り込んで殺した。

 その翌朝、下女が自分の鏡の蓋を開けたところ、昨日おとといに見たままの百足が、鏡の面を這っていた。
 「わっ!」と驚く声に、家内の者が集まってきた。見ると、その百足ばかりでなく、下女の頭にも手足にもいっぱい小百足が取り付いており、「あっ、そこにも、ここにも」と言う間に、部屋じゅうに大小の百足が数知れず這い出てきた。
 以来、下女は魂が抜けたみたいになって、ただうろうろと歩き回った。
 ある日ついに暇を出されたが、その夕暮れだか翌朝だかに、裏の畑に立ってきょろきょろしているのを下男が見つけた。
 「何の落ち度もないのに暇を出されたと恨みを抱き、返報に盗みでもしようと立ち戻ったのではないか」と疑って、いろいろと責め問うたけれども、女は正気でなくて埒が明かない。結局「盗み目的ではない」ということで、人を付けて実家へ送ってやったそうだ。

 世間でもっぱらの評判の話だが、いささか異なる説もある。
 それによれば、百足は藪で集めた燃し物の中にいて、下女がそいつを焼き殺すと、百足が体に隙間なく取り付き、部屋の中も一面びっしりと百足だらけになった。
 実家に戻って後、山伏に祈祷を頼んだところ、「この百足を残らず取り去ると、かえって命が危うい」とのことで、祈祷によって半分ほど取り去ったというのだ。
 いずれにせよ、その後どうなったのかは知らない。
あやしい古典文学 No.1409