高力種信『猿猴庵日記』より

狐がジロリ

 尾張の枇杷島あたりの医師が、往診を頼まれて清州へ行った。頼みに来たのは、百姓に化けた狐だった。
 清州に着いて、とある農家とおぼしい家に入ると、まずは御馳走でもてなされた。
 病人は小児だった。医師は、座敷があまりにも寒いのを不審に思った。

 翌日、医師宅で、
「どうも変だった。きっと狐の仕業にちがいない」
などと言い合っているところへ、かの百姓方から使いの者が薬を取りに来た。
「憎い狐め、もう二度と来るな!」
と罵りながら、薬を投げ与え、外へ叩き出した。
 そのとき、使いの者が振り返って睨んだ顔の恐ろしさに、医師はハッとたじろぎ、そのまま病気になって、二日後には死んだ。
 医師が往診に行ったという農家を探すと、清州の某神社の拝殿に、御馳走の膳が取り散らかっており、子狐が一匹、薬包を咥えて死んでいた。

 これは、最初から狐に害意があったのではない。御馳走も本物で、村のある家の嫁入りの膳を盗んできて振る舞ったのだった。
 翌日来た使いの者は、薬を煎じてくれるよう頼んだのに、医師は聞き入れず、薬包のまま投げつけて追い出した。そこで狐が恨んで睨み、医師は病を発して死んだということのようだ。
 別の説では、老母の病の療治を頼んだのであり、拝殿で死んでいたのは老いた狐だったともいう。
 いずれにせよ、そういうことがあったのは確かだ。
あやしい古典文学 No.1410