平賀蕉斎『蕉斎筆記』巻之二より

女房の幽霊

 備中国の某所に、相撲取りの與兵衛という者がいた。
 與兵衛は去年の春に妻を亡くし、その後だんだん痩せ衰えていったので、近所でも心配してわけを尋ねたが、言葉を濁すばかりだった。
 ある時、見舞いに行った隣人が、
「何の病気であれ、心当たりがあるにちがいない。話してくれ」
としつこく責め問うたところ、ついにありのままを打ち明けた。
「死んだ女房の幽霊が、毎夜かならず訪ねてくる。ただただ嬉しくて睦まじく過ごすうちに、この姿になったのだ」
 隣人は、
「さては、狐狸の類の仕業に違いない。今夜はおれが、おまえに成り代わってみるとしよう」
と言って、與兵衛の寝床にもぐって寝て待った。

 夜半、二階のほうからトンという音がして、幽霊が来た。体を揺すられてもじっと寝入ったふりをしていると、幽霊はゆっくり布団の内に這い込んでくる。今だ! と跳ね起きて取り押さえ、すばやく縄をかけて、人々を呼び集めた。
 幽霊の見た目は、與兵衛の亡妻そのままだった。いろいろ問い質すに、
「われは女房の幽霊だ。幽霊だから、今すぐにでも自在に消えることができる」
などと応えるが、口ばっかりで、いっこうに消えない。
 朝になって役所に届け出たので、役人たちがやって来た。
「とにかく怪しい者にはちがいない。拷問にかけるべし」
 周囲に柴を積んでいぶし、煙責めにすると、しばらくは平然としていたが、だんだん苦しくなって、ついに正体を現した。毛の長さが一尺もある古狸だった。
 役人の訊問に対し、
「われは芸州浅香村の狸で、およそ八百年の劫を経たものだ。人をだますことが面白くて、今までいろいろな悪さをしてきた。浅香村で妖怪騒ぎを起こして、家三軒を断絶させたこともある。今はもう、命の終わるときのようだ」
と語って、殺されたという。

 後に調べると、この狸は多額の金銭を所持し、雨羽織・脇差までも持っていた。
 常に世間に交わって、手広く商売もしていたらしい。
あやしい古典文学 No.1418