藤岡屋由蔵『藤岡屋日記』第十二より

新宿猫怪談

 天保十年五月下旬のこと。
 内藤新宿の辰巳屋に一人の客が来て、芸者などを呼び、種々の料理を取り寄せて、陽気に騒いだ。
 宴が終わって客一人となり、ほどなく女郎が来て何気なく座敷を覗くと、客が大きな猫に姿を変じ、料理の残りを一心不乱に食べていた。
 女郎は驚いて人に告げ、大勢が棒などを持って打ち殺そうと飛び込んだが、間一髪、猫は連子窓を破って逃げ去った。
 猫だという話だが、狸かもしれない。相方の女郎は、おたけという名だった。

  おたけへにこわひ事じやと猫もいゝ
あやしい古典文学 No.1421