藤岡屋由蔵『藤岡屋日記』第三より

風呂屋の幽霊

 尾張町恵比寿屋筋向かいの風呂屋では、姑と嫁の仲が悪かった。姑が死ぬと、幽霊となって出て、嫁に恨みごとを言いつのった。
 嫁は気丈者で、それによく耐えた。しかし、毎夜のことなので煩わしくてならず、あるとき厳しく理詰めで反駁し、言い負かしたところ、それっきり出なくなった。

 その後のある晩、女湯に入っていた近所の婆が、ぎゃっ! と叫んで中から駆け出した。「湯の中に怪しいものがいて、背中に抱きついた」というのである。
 湯汲みの者が調べに行ったが、何もなかったので、そのままにしておいたところ、次に入った近所の女房も、ぎゃっ! と叫んで飛び出した。「湯の中に赤子が浮かんでいた」というのである。
 また湯汲みの者が調べに行ったが、やっぱり何もなかった。
 しかし、姑の幽霊の嫌がらせだろうという話になって、その風呂屋で湯に入る客はいなくなった。
あやしい古典文学 No.1422