大田南畝『一話一言』補遺巻三「諸獣の性質」より

諸獣の性質

 猪は、いつでも荒々しいわけではない。ふだんは、人を見れば甚だ恐れる。
 よく眠る動物だが、一日じゅう眠って眠るのに飽き、腹も減ると、暮れごろには食を求めて歩き回る。米や麦の穂をはじめ、芋・大豆・小豆など何でも食わない物はない。
 鼻は尺八の先端に似ている。穴が二つあるのが尺八と異なるだけだ。ふだんは柔らかいが、いったん怒ったときには石のごとく堅くなって、岩をも掘り返す勢いがある。
 猪の肝臓の下の辺りには、「はらたち」という、キセル筒のようなものがある。そこに鉄砲玉が当たると大いに怒り、人だろうと何だろうと避けずに猛然と走る。もはや鉄砲玉をいくつくらっても平気で、肝臓に命中しないかぎり死ぬことなく、咆哮して野山を駆け回るのだ。
 猪の子は真桑瓜(まくわうり)のようだ。黄色くて背に蒼い筋があり、むくむくと跳ね歩く。一度に十二匹ずつ産むけれど、蟇蛙に舐められると死んでしまうので、二三匹しか生き残らない。
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 鹿の角も、蟇蛙が舐めると消失する。
 鹿は、春の末にタラの芽を食うと角を落とす。それから毛の色が美しくなって、星模様が鮮やかに生じる。ふくろ角というものが生えて、だんだんと伸び、秋の彼岸過ぎは元のように長くなっている。毛の色は秋に入ると曇って、星が薄くなる。
 鹿の妻恋(つまごい)は秋の末である。交尾するのはただ一度で、再びすることはない。牝鹿は、年に子を一頭しか産まない。
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 甲州の狩人は、猪一頭につき金百疋を、百姓から礼として受け取る。鹿なら二頭で百疋である。
 狩人は犬を使って猪を獲る。犬を五六匹も持っている狩人なら、鉄砲を用いるまでもなく、犬が集団で猪を食い殺す。子連れの猪の場合、犬はまず子猪を追い詰めて食う。母猪がそれを見て、悲しみに我を忘れて犬に突きかかるとき、狩人が鉄砲で仕留めることもある。
 甲州に熊はあまりいない。柴熊というものは多くいる。柴熊には月の輪がなく、力も熊よりはるかに劣る。木に登ることができず、出歩くときは五六頭ずつ連なって行く。
 普通の熊は木登りが巧みである。狢(むじな)も木に登る。狐も同じだ。
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 猿は木に登って、あの枝この枝と自在に飛び移る。その間十メートルを隔てていても、たやすく飛ぶ。
 猿の子は、鼠の大きいものに似ている。母猿の尻尾の上にしっかり取り付いて、母親がどんなに飛び回っても落ちることはない。
 母親は水平な枝に座って、手を回して尾の上の子を掴み寄せ、乳を飲ませる。手に抱いて愛するさまは、人間に変わらない。
 子猿がよほど大きくなると、自分で木を飛び回り、飽きるまで木の実を取っては口にする。したたか口に入れて顎がふくれあがったとき、母猿が近寄って、口の中の木の実を取り出して食う。子猿が鳴き叫んでも、押さえつけて身動きさせない。食物を前にしては親子の愛情も忘れるあたりは、やはり畜生である。
 身ごもった牝猿は、狩人を見ると腹を指差して、そのことを知らせる。孕んでいる猿は撃たないのが、暗黙の決まりだそうだ。
 年取った猿は、二匹並んで枝上に座って、片方が横の猿の背を叩くと、叩かれた方は叩いた方の膝を枕にして横になる。そうして虱を取ってもらう。取っては口に入れ,取っては口に入れして、頭から手足まで取り尽すと、虱取りを交代する。互いに虱を取り合うさまは、なかなか面白い。虱を取る手の素早さは眼にもとまらぬほどだ。
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 山には、狼のほかに山犬がいる。狼は痩せて腹が細く、手足が太い。山犬は太っていて、手足が細い。
 狩人が誤って山犬を一匹撃ってしまうと、夜、数百の山犬が荒れ狂って、道の往来もできなくなるそうだ。ただ富士山の麓の村だけが、常に山犬を撃ち殺して暮らしている。
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 貉は、ともすれば「小豆洗い」「糸繰り」などの怪事をなす。
 「小豆あらい」は渓谷の間で音がし、「糸繰り」は木の空洞の中で音がする。それを聞いた人は、そこから十町二十町行っても、ずっと同じ音が耳について離れない。
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 狩人は、山へ向かうときには犬に縄をつけて行くが、獣を見つけると縄を解いて、心のままに追わせる。
 夜になると、狩人はそのままほうって帰るけれども、犬もあとから必ず帰ってくる。また、狩人が竹を切って作った笛を吹くと、一里二里と遠くへ行った犬も皆聞きつけて、帰ってこないものはない。
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 山犬を狩るには、まず石の室を拵えてその中に隠れ、犬の長鳴きを真似た声を出す。地に伏して長く鳴き真似をすれば、山に声がこだまして、山犬が出てくる。
 室の前に獣の肉を播いておいて、山犬がそれを食うところを、室の中から鉄砲で撃ち留める。
 狩人が撃った鹿であれ猪であれ、鉄砲の跡のあるものは、山に捨て置いても、狼や山犬に食われることがない。狩人がその皮を剥ぎ取った後に、はじめて肉を食う。これは、狩人の物を食えば自分が撃たれると恐れてのことである。
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 猿は田に入り、深泥を掘って身にまとう。それから田を出て松の木に寄り、泥の上に松脂を擦りつける。こうすると、漆を塗り重ねたように体毛が縒りかたまり、たいていの鉄砲の玉は通らなくなる。
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 兎は子を産むので、ときどき山にいるのを捕らえる。前足が短いため、逃げるとき下り坂でのめって、たやすく捕らえられる。
あやしい古典文学 No.1426