菊岡沾凉『諸国里人談』巻之三「寒火」より

寒火

 越後国蒲原郡入方村の、庄右衛門という村長の屋敷の庭に、火の出る穴がある。
 通常は石臼でもって蓋されているが、その臼の孔から、火光が松明のごとく赤々と屋敷内を照らし、灯火に十倍する明るさである。
 夜には、近隣の家々に大竹の筧を渡して火を流し遣り、それぞれの夜の営みの明かりとする。陰火だから、そんなことをしても物を焼くことはない。たいそう重宝なものだ。
 世に「寒火」というのは、これのことである。

 『本草綱目』にいう。
 「中国の火山軍地方では、土を耕すとき鋤を深く入れると、たちまち激しい火焔が出る。しかし、種播きの妨げにはならない寒火だ」と。
 この火焔も、越後の入方の火の同類である。
あやしい古典文学 No.1427