竹尾覚斎『即事考』巻之四「死女芝居へ行く」より

死女 芝居へ行く

 八丁堀地蔵橋に住まいする谷口月窓は、唐画の大家 月仙上人の弟子で、自らの画名もすこぶる高い。
 高潔で寡黙、率直な人柄ゆえに、薩摩藩主 島津重豪公に召されて、毎年二十両ずつの扶持を受けている。

 この月窓の母親が、あるとき芝居を見に行った。
 すると、近所に住む芝居好きの妻女も隣の桟敷に来ていて、日ごろ親しくしているので、平生どおり挨拶し言葉を交わした。
 翌日、その妻女宅を訪ねたところ、彼女は百日ほど前に死去したとのこと。月窓の母親は、近所なのになぜ知らなかったんだろうと思うにつけても、ぞっと身の毛がよだったという。
あやしい古典文学 No.1441