藤岡屋由蔵『藤岡屋日記』第八十より

黒雲の火車

 万延元年十月二十八日午前十時ごろ、烈しい雷鳴とともに豪雨となった。
 おりしも品川宿から亡者を入れた棺桶が担がれてきたところに、高輪泉岳寺の手前でにわかに黒雲が舞い下り、桶を雲中に引き込んだ。
 雲の中に、火車の類の妖怪がいたのだろうか。ともあれ、担いで来た人は胆を潰し、命からがら逃げ延びたという。

 翌二十九日朝、棺桶は同じ高輪の東禅寺門前に、蓋のされたまま捨てられてあった。
 横板二枚を掻き破って死体を引き出し、喰ったものらしい。
あやしい古典文学 No.1447