渡邊政香『今昔参河奇談』「枯木夜火」より

樺太の火神

 総じて山海に忽然と出る火は陰火で、昼に見えることはない。しかし例外もある。
 樺太の火神は昼にあらわれて極めて恐ろしいと、昔から言い伝えている。
 この神は、丈が五メートルあまり、山を出るとき雲に乗る。雲は朱よりも赤い。神が往来する経路は必ずしぐれるが、その雨はまるで血のようだ。

 毎年あらわれるのか、まれに出るだけなのか、いまだ確かなことはわからない。
 天明年間に出たときは、樺太から宗谷のバウカクベツノ崎まで来て、暫時とどまってからまた樺太のほうへ帰った。
 蝦夷の民も、この神を仰ぎ見れば、あるいは気絶し、あるいは熱病を煩うという。
 いったい何の神なのか。大龍・金龍などといったものか。
あやしい古典文学 No.1449