鈴木牧之『北越雪譜』初編巻之中「菱山の奇事」より

雪崩に乗る老人

 越後の頚城郡松之山は、多数の村落を併せた大郷の名称である。
 松之山のいずれの村落も山間にあって、およそ平地というものがない。ただ松代という所だけが平地で、農家が軒を連ねている。
 謡曲の『松山鏡』はこの地のことで、曲中の「鏡が池」も、今は埋もれて池とは見えないが、古跡として残っている。
 思うに『松山鏡』は、「鏡破の絵巻」というものを元にして作ったのだろう。その絵巻にも松之山のことが出てくる。

 さて、松之山の郷内に「菱山」という山がある。形が三角なので、この名がついたようだ。山に近いところに、須川村と菖蒲村がある。
 菱山では、毎年二月に入ると、夜中にかぎって雪崩がある。その轟きは遠く一二里の所まで聞こえる。
 言い伝えによれば、白髪・白衣の老人が、幣を持って雪崩に乗って下るそうだ。
 また、この雪崩が須川村の方へまっすぐに下る年は豊作で、菖蒲村の方へ斜めに下る年は凶作である。毎年、このことに少しの狂いもない。菱山にかぎって年の豊凶が雪崩に関係するというのも、一つの奇事というべきだろう。
あやしい古典文学 No.1452