人見蕉雨『黒甜瑣語』二編巻之四「復讐転輪」より

おはん長右衛門

 京都の商人 帯屋長右衛門と、お半という少女が、桂川で心中したとされる事件は、浄瑠璃・歌舞伎で演じられて大評判をとった。今からおよそ四十年ばかり前のことであろうか。
 しかし事件の真相は、心中死ではまったくなく、二人は、駆け落ちして桂川べりを歩いているとき、二人組の強盗に出遭って殺された。懐中の金を取られ、死骸は川へ心中に見せかけて流されたので、世人もそう思い込んだのである。

 強盗は奪った金を分配して別れ、その後、一人は商売がうまくいってよい家に住む境遇となった。
 もう一人は運に見放され、乞食となって放浪した。そのあげく近ごろ大病して、かつての相棒宅に転がり込んで世話になっていたが、病気が癒えると気ままに遊び歩いた。
 懇意な遊び仲間が訝って、
「そこまで面倒を見てもらえるのは、いったいどんなわけがあるのか」
と尋ねたところ、もはや年月も経ったことだし構わないだろうと、軽い気持ちで昔話をした。
 遊び仲間は、その場はさりげない様子でいたが、別れるとすぐに役所へ訴え出た。
 もとの強盗は召し取られ、糾問されて白状に及び、刑に処せられた。二人とも、すでに八十に近い年齢だった。
あやしい古典文学 No.1467