津村淙庵『譚海』巻之二より

老女と盗賊

 官家に仕える笹山吉之介という侍の祖母は、栗島道有という人の娘で、かつて天壽院殿の侍女であった。
 天壽院殿とは、豊臣秀頼公の正室で徳川家康公の御孫の、千姫様である。

 その祖母が、嬰児を子守して寝ていたある夜更けに、ふと目覚めると、盗賊が蔵の壁を切り破る音が聞こえた。
 おりしも吉之介は夜番で留守だった。祖母は児を懐に抱きながら刀を取り、そっと土蔵に入って様子をうかがった。
 盗賊はほどなく壁を切り通し、穴から這い込もうとした。すかさず祖母は刀を抜き、ぬっと出た首を斬り落とした。そして死骸を穴から引っ張り込み、脇に片寄せて置いた。
 また一人、穴から這い込む者があり、これも首を打ち落として、引っ張り込んで、なおも次を待っていた。
 しばらくは音もなかったので、『もはや盗人はいないか』と穴を覗きこんだとき、ちょうど向こうから顔を差し入れた者と間近で見合いとなった。盗賊は仰天して、何処へともなく逃げ失せた。その者が賊の首領だったと思われる。

 話を聞いた人々は、「大坂の陣を生き延びた婦人は、胆の据わりようも格別だ」と言い合ったのだった。
あやしい古典文学 No.1487