加藤曳尾庵『我衣』巻五より

捨身の女

 文化六年十一月末のこと。
 仙台侯の屋敷表門が朝六時ごろに開くと同時に、二十七八歳の女が一人、赤裸に緋縮緬の汚れた腰巻一つで駆け込んで、玄関の板敷に仰のけになった。
 玄関番の侍たちは驚いて、乱心者として捕らえ、空き長屋に押し込んで訊問した。

 どこの国の者か、などと問うと、
「品川宿の飯盛り女でございます。この御屋敷におられる御家中の何某どのと深い仲となって、もう一年になります。夫婦約束をするにあたり、金の都合がつきがたいと聞き、気の毒で、衣類・髪飾りなど残らず貸して差し上げました。その後は絶えて音信もなく、たびたび手紙を出しても一度の返事もありません。無一物となった今は、勤めもなしがたく、朋輩に嘲られ、親方に怒られ、身の置き所もなくて、もはや死ぬしかないと覚悟いたしました。さりながら、一度は何某どのに会って、積もり積もった恨みを晴らしたく、このふるまいに及びました。一命を惜しむ心はございません。御家の定めどおり、いかようにもなさいませ」
と、大声をあげて泣き叫んだ。
 これには皆すっかり困ってしまい、とりあえず問題の侍本人に問いただすと、女の言うとおりだったので、侍はただちに国元へ追い返された。

 女には衣類と金子十両を与えて、門前払いにしたそうだ。
あやしい古典文学 No.1489