朝日重章『鸚鵡籠中記』元禄八年十月、十二月より

狂言強盗

 若林源右衛門という人が、先年雇い入れた随分と律儀な下僕に、金三両あまりを持たせ、野崎村まで借金の返済に行かせた。
 下僕は、翌未明、枇杷島の橋の欄干に縛られてあった。襦袢と股引のほかみな剥ぎ取られており、夜が明けて人に縄を解いてもらって、傍らの店に入った。知らせを受けて名古屋から迎えをつかわし、なんとか帰ったという。
 人々は「金を着服して、強盗に遭ったように偽装したのではないか」と噂したが、はたしてそうだったらしい。

 やがて下僕とその妻子が捕らわれ、牢に入った。
 入牢は翌年に及び、下僕は「自分が死んで妻子を助けたい」と繰り返し言うようになった。ついには食を絶って餓死した。
 それ以来、妻子のいる牢に、下僕の幽霊がたびたび現れた。同じ牢の者が何人もそれを目撃した。
 妻子の首筋、あるいは手などを掴んで外に連れ出そうとしたことも、何度となくあった。
あやしい古典文学 No.1496