青葱堂冬圃『真佐喜のかつら』三より

フグ毒

 フグという魚は、近ごろ江戸では食べるけれども、他国では忌み恐れて食さない。毒があることは、狂歌や俳句からも知られるところだ。
 この魚は、海辺で他の魚に混じって網にかかる。江戸から遠い土地ではそのまま磯に捨て、鳶や烏もそれを食わない。江戸でも、捨てた内臓を犬猫が食うことはないが、この魚を好む者は、もっぱらその肝を調理して食べるのを喜ぶ。

 筆者の知人某はフグが大好物で、ときどき意見しても食べるのをやめない。その人が言うには、
「フグは、少しでも塩気が混じると、火が通らないものだ。生煮えのフグには、必ず毒がある。だから、ただの湯でしっかり煮てから、出汁なり醤油なりで味をつける。そうすれば、いくぶん味わいは失われるが、毒はない」とのことだ。

 また、長年にわたり瘡毒を病んで苦しんできた人があった。もはや薬の治療もあきらめて、ただ死を待ったが、なかなか死期が来ず、そのことを残念がっていた。
 この人がフグの毒のことを聞いて、フグを買い求め、煤を混ぜると毒が強まるらしいからと、屋根裏の煤を取り集めて一緒に煮込み、大いに食した。
 しかし、いっこうに具合が悪くならない。
「こんなに頑張っても死ねない運命なのか」と呟くうち、少し腹が痛み始めた。それで喜んで念仏など唱えていると、しきりに激しい苦痛に襲われ、血を吐くこと数升に及んだ。
「これでやっと、望みどおり死に至るはず」と思ったが、だんだん回復していった。一気に毒血を吐いたためか、年来の病が夢の醒めたように全快した。
 その人が最近まで生き長らえたのを、筆者は実際に見て知っている。
あやしい古典文学 No.1497