岡村良通『寓意草』上巻より

魚石

 石の中に、生きた魚がいることがある。

 長崎の代官を務めた人の話によると、二十年ばかり前、紅毛人が長崎から船で出発するとき、宿の主人を呼び、庭の隅の手洗いの脇にある一つの石を指さして頼んだ。
「あれを譲ってくれ」
 主人が快く応諾すると大変喜んで、金子五両をくれた。
「そんなに頂けません」
と辞退したが、
「いや、これは石が手に入った祝いで、代金ではない。石は、また来る時まで蔵に収めておいてくれ。三年たったら必ず来る」
と言う。再三断っても聞かず、金子を押しつけて、母国をさして船出した。

 石を蔵に収めて、六年が過ぎた。
 いつか石のことは忘れてしまっていたが、ある日、ふと思い出して取り出し、居合わせた知人に経緯を語って相談した。
「オランダ人がそう言うからには、相応のわけがあるにちがいない。三年たったら必ず来ると約束して、六年になっても来ないのだから、もう来ることはなかろう。割ってみようではないか」
 そんな話になって、石を斧で打ち割ってみると、中から水がさっとこぼれて、赤い魚の生きたのが躍り出た。
「これは不思議。この魚がいることを知って、買おうとしたのか」
と訝しんで、その場は終わった。

 翌年、かの紅毛人が戻ってきた。
「石はどうしましたか。約束の年を過ぎたので、失くしたのではないかと心配です」
と言うので、主人は面目なさに顔を赤らめながら、割ったことを打ち明けて詫びた。
「そうでしたか。もはや仕方ありません。万里の海を隔てて便りもままならず、問い合わせなかったことが悔やまれます。このうえない宝を失いました」
 ひどく嘆く紅毛人に、どういう宝なのかと問うと、
「石の表面を擦り磨けば、やがて水槽のように魚が透けて見えてきます。魚は千年たっても死なず、それを朝な夕なに見ている人は自然に命が延びる、という宝です。命を延ばすものは、世界にこれしかありません。母国に持ち帰って国王に奉れば、莫大な褒美をいただけます。他の国にはなく、ただ日本にだけ、ごく稀にある石なのです」
と語った。
 石の見分け方を教えてくれるよう頼んだが、紅毛人は教えずに帰国した。
あやしい古典文学 No.1502