『岩邑怪談録追加』「某氏、正月に雑煮餅を煮たる事」より

真紅の雑煮

 かつて藩中老の某は、正月の朝早く、下僕に命じて髭を剃らせようとした。
 下僕は、『正月元旦に藩主の館へ早朝出仕するのは毎年恒例なのに、今になって髭を剃れとは、面倒くさい話だ』と思ったか、ひそかに舌を出した。
 それが主人の前にあった鏡に映った。主人は「無礼なり」と抜刀して、下僕を台所で斬り殺した。
 その血は、正月の雑煮の中に散って、鍋の中いちめん真紅になった。

 その後は、正月三が日に雑煮餅を煮るたびに、必ず真紅になってしまう。
 ゆえに雑煮餅を煮ず、焼餅で儀式をすますようになり、今に至るまで続いているという。
 不当に殺害された者の怨霊は、年月を経ても去らないもののようだ。
あやしい古典文学 No.1503