『続 岩邑怪談録』「梅雨左エ門」より

梅雨左衛門

 六呂師村の大藤に、烏帽子岩がある。高さ七メートルあまりの立岩だ。
 その岩に割れ目があって、梅雨時には小さい白蛇が現れる。梅雨が明けると岩に入って、出てくることはない。
 この蛇を、むかしから「梅雨左衛門」と呼んでいる。体が大きくなることはなく、毎年同じ長さ・太さで出てくる。

 通津村に、牛馬の仲買をする男がいた。
 男は、大藤で牛を買った帰り道、
「今日はちょっと、梅雨左衛門を見てこよう」
と烏帽子岩のところに行った。
「おお、いるわ、いるわ」
 独りごとを言いながら蛇に近寄り、
「梅雨左衛門も身が冷たかろう。ひとつ温めてしんぜよう」
と、火のある煙管の雁首で、蛇の頭をチョンと打った。蛇はスッと岩に入った。
「やあ、熱かったか、熱かったか」
と言って腰を上げ、また帰り道を行くと、途中、なにか鞠のような黒いものが、男の頭上を通り越していった。
 火打岩峠に至り、通津村の方を眺めたら、ちょうど男の家の上空あたりに黒い入道雲があった。
 帰ってみたら、妻も子も家ごと大雨に流されて影もなく、そこらは小石の河原となっていた。
あやしい古典文学 No.1504