阿部正信『駿国雑志』巻之二十四下「山男」より

怪木ヤマオトコ

 『日本国事跡考』によれば、駿河国安倍郡の山中に、「山男(ヤマオトコ)」と呼ばれるものがいる。人にあらず獣にあらず、形は巨木の切れ端に似ている。
 四つの枝が手足となり、木の皮に空いた二つの穴を両眼とし、芽を出すところが鼻・口となっている。左腕に曲木と藤の蔓をかけて弓となし、右腕で細枝をかけて矢のように放つことができる。

 あるとき、山男とばったり出くわした猟師が、先に矢を射放って山男を倒した。
 恐ろしさに震えながら、山男の体を引き動かすと、岩に擦れて血が流れた。さらに引こうとしたが、はなはだ重くてもう動かなかった。
 猟師は家へ走り帰り、大勢を集めて引き返した。
 しかし、既にそこに山男の姿はなかった。ただ夥しい血にまみれた岩石があるばかりだった。
あやしい古典文学 No.1506