朝日重章『鸚鵡籠中記』元禄十二年四月より

上意討ち

 紀州の代官某が、伊勢神宮参拝のための休暇を願い出たが、「多忙の折ゆえ日延べせよ」とのことで、許しが得られなかった。
 しかし、代官は私情を抑えがたく、ひそかに伊勢に向けて出発した。
 紀州侯はこれを憤り、三四百石取りの武士四人に、松阪まで出向き、代官の参詣を遮って誅殺することを命じた。

 首尾よく松坂で代官に遭遇した追手四人は、上意討ちであることを告げず、適当に機嫌を取って料理屋に連れ込み、酒を酌み交わした。
 隙をみて一人が抜刀し、打ちかかった。代官は騒がず、傍らの刀を取って受けながら手にした酒を呑み、呑み終わると一人を斬り殺した。残りの三人も次々に手傷を負った。
 ここにいたって、追手の若党など大勢が一度に攻めかかり、槍で代官を突き殺した。

 こんな噂があるが、真偽のほどは確かでない。
あやしい古典文学 No.1527