藤岡屋由蔵『藤岡屋日記』第十二より

母娘自害

 浅草御蔵前で、四十五、六歳にもなろうかという後家が、山城屋という水茶屋を営んでいた。
 もらい娘が一人あって、こちらは三十二、三歳。居候のような男も一人住んでいた。

 天保十年八月十二日の夜か、十三日の昼のことか。
 二階の居候男が寝ている間に、後家と娘の二人は、座敷の真ん中を取り片づけ、母が出刃包丁、娘が鯵切り包丁で自害して果てた。検使の役人も感心したほどの、みごとな最期だったという。
 吟味が行われたが、居候男はいっこうに事情を知らないとのことで、もとは他人の母娘が何のために一緒に自害したのか、まったく不思議だと風聞しきりである。
あやしい古典文学 No.1529