藤岡屋由蔵『藤岡屋日記』第五十五より

変死人

――出羽国の土屋采女正領分にて、具足を着け、槍を携え、討ち死にした死骸についての御届――

 羽州村山郡蟹沢村の百姓 久兵衛は、さる五日明け方五時過ぎごろでありましょうか、怪しい物音がするので起き出してみると、裏庭の洗い場に、年齢不明の首なし男が、黒塗りの古い具足を着こみ、複数の手傷を負って死んでおりました。
 少し離れたところに、大身の槍の柄が折れて穂ばかりになったのが一本、龕灯(がんどう)一個、切緒わらじ一足を結びつけた柳行李が一個。辺りの所々に血がこぼれておりました。
 同じ村の百姓 久四郎も、同様の物音に驚き、すぐに表戸を開けて外を見たら、面体の見分けなどはつかないながら、およそ十四五人が槍や刀を振り回して闘っておりました。驚いて戸を閉め、ただ恐れおののいていると、やがて物音が静まり、みな何処かへ立ち去ったようです。
 夜も明けたので、また戸を開けて見たところ、軒下に、年齢三十四五歳くらいの男が、革の被り物を着け、犬の革を背負い、随所に傷を受けて死んでおりました。死骸の脇に、柄の折れた槍の穂一本、その槍の柄が一本、龕灯が一個。あたりの所々に血の痕がありました。
 ともに現地の役所に訴え出たので、検分の者が出向いて、それぞれの死骸の疵の箇所や持ち物などを改めました。村人を問いただすに、死人を見知る者はなく、何者の仕業か知る者もなく、これまで村に怪しい風聞もなかったとのこと。やむをえず、手掛かりになることを耳にしたらすぐに訴え出るようにと申し渡すにとどめました。
 死骸はもよりの寺に仮に埋めおき、事件の委細を記した札を往来に立てて、六ヵ月を経ても引き取りに来る者がなければ、立札撤去のうえ仮埋めのまま土葬扱いとするものといたしました。武器ならびに雑具は役所に取り置くよう申し付けたとのことです。

 現地の役人より、以上の報告がありました。
 この変死人の件、采女正が大阪在番中につき、検分の詳細を別紙にて相添え、御届申し上げます。以上。

安政二年九月十三日
  土屋采女正家来  尾木 汀
あやしい古典文学 No.1530