平秩東作『怪談老の杖』巻之四より

下屋敷、下屋敷

 東蒙子が、思い出話を語った。

     *

 私が幼いころ、隣家へ行って遊んだときのことだ。ちょうど盂蘭盆の七月十五日で、家々に灯篭がともり、大通りもにぎわっていた。
 隣家は紙などを商う家で、店先に揚縁(あげえん)というものがあり、夜には掛け金に懸けて揚げてある。それを机のように用いて、友達らと玩具などで遊んだ。
 そこへ年のころ十二三の小娘が来て、隣家の子を捕らえ、頭をもみくしゃにした。その子はものも言えず、ただクックッと呻いていた。
 どうしたんだろうとよく見ると、まったく知らない小娘だった。
「誰だ、おまえ」
と咎めても返事もしない。また小娘の傍らには、顔まで髪が生え被さった八つばかりの小童が、黙って立っていた。
 なんとなく恐ろしい心地がしたが、友達に、
「逃げろ」
と言われても、心奪われたかのようで、すぐには逃げられなかった。
 誰かが隣家の子の帯をつかんで家の内に引き入れた。すると小娘は、その子から手を放して、私に取りついた。触れた手の冷たさときたら、寒中の氷のようだった。
「何者だ」
と強く咎めると、
「下屋敷、下屋敷」
と二声言った。
 隣家の裏は朝倉仁左衛門という人の下屋敷で、屋敷守の娘に「おかん」という女の子がおり、よく遊びに行った。もしやその子かと見直したが、似もつかぬ者だった。
 青ざめてひどく汚れた顔を間近に見てぞっと背筋が凍り、ワッと叫んで戸内に逃げ込むと、その家の人々が驚いて、
「さては化け物か」
とそこらを探し回ったけれども、結局見つからず、何者なのかも分からなかった。
 かの下屋敷には古狐がいて人を化かすと言われていたから、子供と侮って出てきたのかもしれない。よく惑わされずにすんだものだ。
あやしい古典文学 No.1536