朝日重章『鸚鵡籠中記』元禄十五年十月より

鈴木善右衛門の乱心

 今日、私は鈴木七兵衛の家の前を通った。
 七兵衛の弟の善右衛門は、乱心して座敷牢に入れられている。
「のう、ご飯はまだか、聞いておくれ。のう……」
 善右衛門が壁板を叩いて喚く声が、いつまでも止まなかった。

 善右衛門は、もとは書院番を務めていた。たいそう好色で、妾を寵愛することはなはだしかった。
 妾の親類だといって、鉢坊主などまでも家に住まわせて養ったから、とうてい身代が持たない。一家の者がいくら意見しても、らちがあかなかった。
 捨て置きがたいので、強引に妾を追い出した。善右衛門は身も世もなく嘆き悶え、ついに発狂したのだった。

 私は、彼の悲しすぎる叫び声を聞いて、好色の病を恐れるとともに、こうなるまでに至る鈴木家の有様を想像して考え込んだ。
あやしい古典文学 No.1542