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藤岡屋由蔵『藤岡屋日記』第八十二より |
狸と女中 |
湯島三丁目続キ、高五百石の旗本 細井保次郎の屋敷内に、文久元年五月三日より、狸が四匹出て遊ぶようになった。もっとも、当座はこれといったわるさはしなかった。 ところがあるとき、女中たちが狸のことを悪しざまに言ったところ、一人の着物が破かれ、所持金一両一分が隠された。別の一人は夜中、寝ているうちに陰門の毛を剃り落とされ、埋め合わせのつもりか、剃り跡に墨を塗られた。 これにより、女中四人が次々に暇を取った。 湯島一丁目の革羽織屋勘次の十四歳になる娘も同じ屋敷で働いていたが、この者は日ごろから狸に良く思われていた。 ある日、洗濯しようと、単物(ひとえもの)と糊などを洗濯場に置いて、先に主人の用事を済ませ、戻ってみると、単物も糊などもなくなっていた。あちこち探したら、空地に、洗い終わった単物が糊を施して干してあった。 娘は気味悪がって、五月十四日に暇を願い出た。主人に暇乞いしているとき、急に襟元が冷たくなったので、手を差し入れてみると、紙に包んだ一分銀が一つあった。 主人に差し出したところ、 「狸からの餞別だから、おまえが受け取るのがよい」 と返された。奥方からは、 「そのままでは気持ちが悪いなら、私が替えてあげよう」 との言葉があって、別の一分銀に取り替えてもらった。 以後も、薬缶や銅壺などが目の前で踊りだすようなことがあった。 屋敷内にあった祠を修繕し、毎日食物を供えるようにしたら、狸は出なくなったそうだ。 |
あやしい古典文学 No.1544 |
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