松浦静山『甲子夜話』三篇巻之七十二より

入道の首

 『今宵は除夜か…』と思いつつ机に向かって筆を執ったら、ふと思い出したことがある。

 筆者が幼年の時、伽役に喜八という子供がいた。長じて十八太と名をあらためた。
 この男は、十七八歳になると大いに好色の心が起こり、花街などに足しげく通って、すっからかんになった。
 金がなくては遊びに行けぬ。十八太は考えた。
「人の話では、大晦日の夜の丑の刻に便所に入り、『がんばり入道』と唱えて便槽を覗くと、入道が頭を出す。その首を取って左袖に入れ、便所を出て見ると首が小判に変じているそうだ。妖怪は恐ろしいが、我が淫欲には代えられない。試みるべし」
 そこで便所へ行き、「がんばり入道っ!」と唱えてみたが、頭が出てこない。二度呼び、三度叫び、床に手を突いて下を覗き込んでも見えない。
 そのうち、寒風が裸の尻に吹きつけて堪え難くなったので、空しく便所を出た。
 妖怪も、好色の気迫に圧倒されて、出られなかったとみえる。
あやしい古典文学 No.1546