橘南谿『黄華堂医話』より

際立つ男

 西国のある侍が、朝早く、主君に従って狩りに出かけた。
 山深く入ったとき、にわかに秋の濃霧が立ちこめて、一寸先も見えないほどになった。
 人々は掛け合う声を頼りに進んだが、その人々の目に、かの侍の姿のみは霧に覆われることなく、明らかに際立って見えた。
 主君は大いに怪しみ、何かの妖術によるのか、もしくは異類の者なのかもと思って、
「そのほう、普段、なにか人と変わったことはないか」
と問うた。
 侍は、
「特に思い当たることはありませんが、ただ、ここ数年、常に胡椒を服用しております。もしかすると、胡椒の気によって霧が開けるのかもしれません」
と答えたそうだ。
あやしい古典文学 No.1552